風冴ゆる
清々しい青空を鳥がゆき、天を仰いだ拍子になびいた髪と服。
その首元を暖かく照らす日の光。
温められた空気と共に段々と空へと昇っていく気球のように、
優しく温められた心と身体が徐々に徐々に、
柔らかい風を装い、上を向く。
そうして身軽に気軽になってゆくのだ、
ゆけるのだと、思わせてくれる春の陽気。
この春は、何度目の春だろう。例えば今日話した人と、過ごした誰かと初めて言葉を交わしてから何度目の春だろう。共に暮らしてきた人と、他愛もない会話を延々と続けてきた友達とは、出会ってから何度目の春だろう。
「春」という同じ言葉に容易く収めて、即座に数えられるような季節を時を重ねてきたつもりは無いにせよ、否が応でも繰り返された四季の始まり。その明るく軽やかな季節の数を、大切な誰かと過ごした「春」という名の景色の数を、優しく数える温かい光の中。
費やしてきた時間を思えば、過ごした春の数だけ、季節の数だけ心に肩に重く積み重なっていく記憶達、しがらみ達があるようにも思えてしまうかもしれない。ただそれでも、無邪気に健気に花々は咲き、木々は緑を蓄え、鳥は蝶は風と共に春を装い、道ゆく人の背中を押すだろう。それが春という季節なのだと、誰に教わったわけでも無いのにどうしてか、私はちゃんと知っている。
季節に合わせて着替えた世界、その中に佇む一人ひとり。程よく水気を含んだ空気が、いつの間にやら心に胸に蓄えてきた切なさを寂しさを、怖さを弱さを持ち去るように服の隙間を肌の上を通り抜けてゆく。
春だから、私は少し軽やかになる。
春だから、私は優しく暖かくなる。
春だから、私はきっと新しくなる。
過ごしてきた春の数だけ、世界は新しい彩りを装い巡る。木漏れ日が軽やかに温かくなっていくように、森から湧き出た水がやがて川へと伝い美しく流れていくように、春風を纏い光の方へと鳥達が飛んでいくように。私も春の先へと、まだ見ぬ自分の新しさへと、向かってゆく。